金曜日, 3月 7, 2025
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農研機構・日清製粉グループ本社 小麦ブランの成分に免疫に働きかける新たな機能を発見

-蛍光情報を基に、活性成分を迅速同定-

農研機構(理事長:久間 和生)と株式会社日清製粉グループ本社(取締役社長:瀧原 賢二、以下「日清製粉グループ本社」)は、小麦ブラン(ふすま)に免疫応答に働きかける成分が含まれており、それがアルキルレゾルシノール[※1]という物質であることを明らかにしました。小麦ブランの摂取が健康に寄与するという報告はありましたが、本成果から小麦ブラン中のアルキルレゾルシノールは、直接、免疫系に働きかけている可能性が示されました。

この成分の同定に用いた農研機構特許(S-EEM法[※2])は、成分が持つ蛍光情報を利用する技術であり、様々な活性成分の迅速な発見を可能とします。

本技術により、小麦ブランの新たな健康価値が明らかとなり、今後、食品産業や国民の健康維持への貢献など幅広い活用が期待されます。

農研機構と日清製粉グループ本社は、小麦ブラン(小麦粒の表皮部、小麦粒の約15%を占める)に含まれる、アルキルレゾルシノールという成分に、免疫に働きかける効果があることを明らかにしました。

農研機構では、様々な食品素材の免疫機能への効果を評価しています。その中で、小麦ブランの摂取により、腸管内分泌型IgAという抗体[※3]の量が維持される作用の仕組みとそれに関与する成分を明らかにすることを目的として共同研究を始めました。さらに、分光分析法である蛍光指紋[※4]を拡張したS-EEM(Sequential Excitation-Emission Matrix)法の導入により成分同定の迅速化をはかりました。

腸管内分泌型IgA量は抗体そのものの産生量、産生された抗体の腸管内への運び屋となる分子(pIgR[※5]:Polymeric immunoglobulin receptor)の量という2つの異なる仕組みにより制御されますが、培養細胞試験により、小麦ブランには抗体産生細胞の活性化に関わるサイトカイン[※6]であるBAFF(B cell activating factor belonging to the tumor necrosis factor family)と、運び屋分子のpIgR、それぞれの増加を促す異なる成分が含まれていること、さらに、BAFFの産生を促す成分がアルキルレゾルシノールであることを確認しました。

本研究成果は、2025年3月4日(火)~3月8日(土)に開催される「日本農芸化学会2025年度札幌大会」にて発表します。


研究の社会的背景                              

新型コロナウイルス感染症の流行からも明らかになったように、感染症による死亡者の多くを60歳以上の高齢者が占めています。高齢者が感染症にかかりやすいだけでなく、重症化しやすく、また死亡率も高い理由の一つとして、免疫調節機能の加齢による低下が考えられています。そのため、超高齢社会である我が国では、日常生活の改善によって、免疫機能の維持や感染症予防など高齢者の健康を維持・向上するという研究への社会的ニーズがいっそう高まっています。


研究の経緯                                 

近年、健康サポートや感染症への備えなどとして、免疫機能の役割が注目を集めており、食品においても免疫機能の維持などを掲げた機能性表示が認められるようになってきました。これらの免疫関連機能性表示食品の多くは乳酸菌などの菌類を関与成分とするものです。

小麦ブランが食物繊維による整腸作用を有することは広く知られていますが、近年、老化に伴う様々な生理機能の衰えを抑制できることを示唆する報告が増えています。そこで、新たに、免疫に関わる機能に着目して小麦ブランの健康機能性を評価し、その作用の仕組みを調べるとともに、関与する成分を明らかにすることを目的として研究を行いました。また、関与成分の同定には、多くの時間とコストがかかるため、S-EEM法の導入により迅速化を目指しました。


研究の内容・意義                              

腸管に存在する分泌型IgA(sIgA)抗体の量は、抗体そのものの産生量、産生された抗体の腸管内への運び屋となる分子の量という2つの異なる仕組みにより制御されます(図1)。

そこで我々は、抗体産生細胞の生存や活性化、IgA抗体産生促進に働くBAFFと抗体の運び屋であるpIgRという2つの分子に着目し、培養細胞実験によりこれらを増やす働きを持つ小麦ブラン含有成分を探索することとしました。

一般に、成分の同定には試料からの抽出と評価を繰り返して活性成分を精製する必要があります。しかし、農研機構で開発したS-EEM法では、親油性から親水性まで、抽出力の異なる溶媒を用いた段階抽出を行い、それぞれの抽出画分について蛍光指紋の取得と活性評価を行うことで活性に関与する成分が持つ蛍光を見つけることができるため、成分の抽出・評価の繰り返しや精製が不要です。S-EEM法により、小麦ブランの親油性画分に含まれる、励起265nm/蛍光280nm付近の蛍光を持つ成分がBAFF産生増加活性を持つ可能性が高いことを見出しました。S-EEM法で得られた結果と小麦ブランの高速液体クロマトグラフィー分析により、小麦ブランに含まれるBAFFの産生を増やす成分がアルキルレゾルシノールであることを確認しました(図2、3)。

また、小麦ブランの水溶性画分には、アルキルレゾルシノールとは別の、pIgRを増やす活性を持つ成分が存在することも明らかにしました。このことから、小麦ブランは腸管内のIgA抗体量の制御に関わる分子の増強を介して抗体量の維持に働くことが示唆されました。

この発見が小麦ブランの健康機能を通じて、超高齢社会である我が国において高齢者の健康の維持・増進につながることを期待します。


今後の予定・期待                                

今後は、共同研究先である日清製粉グループ本社において、小麦ブランの一日摂取目安量などを明らかにすることにより、免疫機能への働きに対するさらなる科学的根拠を確立する研究を進めて行きます。

「小麦ブランの今後の展開」

小麦ブランは市販されている全粒粉パン、ブランシリアル、飲料など様々な食品に広く用いられており、小麦ブランそのものも食材として販売されています。そのため、一般の家庭でも気軽に生活に取り入れることが可能です。市場調査によると世界の小麦ブラン市場は2024~2029年の5年間に年平均4.5%の成長率が見込まれています(https://www.mordorintelligence.com/ja/industry-reports/wheat-bran-market )。この伸び率は、世界的な健康志向による全粒粉の健康機能への期待が大きいと考えられます。今後、高齢者の急増が予測される中、食経験が豊富な小麦ブランの免疫機能への効果が明らかになることで、より多くの需要が期待されます。

「迅速化された成分同定技術の利用」

今回の研究で成分同定に活用したS-EEM法(特許7207702号)は、段階的抽出法と組み合わせることで蛍光指紋技術を拡張した分光分析法です。従来法に比べて時間・コストともに大幅に短縮できるだけでなく、健康機能性のみならず、味や香りなど様々な品質評価にも幅広く利用できる可能性があり、品質管理や新製品開発への活用も期待されます。


用語の解説                                   

※1 アルキルレゾルシノール

ベンゼン環のメタ位に水酸基を2つ持ち、5位に炭素鎖が付いた形の分子を指す。小麦ブランには炭素鎖の長さが異なる数種類のアルキルレゾルシノールが含まれている。

※2 S-EEM法

「成分抽出方法、蛍光指紋測定装置、及びコンピュータが実行可能なプログラム」特許7207702号(農研機構単独)。試料から段階抽出法により得られた全画分の蛍光指紋を取得することで、試料の成分情報を大量に取得する方法。得られた蛍光指紋情報と活性評価値を解析することで、活性成分に相関の高い蛍光を選び出すことも可能になる。健康機能性に限らず、味や香り、熟成度など、数値評価が可能な指標であれば、解析対象とすることができる。

※3 抗体

血液や体液の中に存在し、特定の分子(抗原)を認識して排除する働きを持つタンパク質。粘膜組織に存在する分泌型IgA (IgA分子2個が結合した形)は、細菌やウイルス感染防御等に働く。

※4 蛍光指紋

励起蛍光マトリクス(EEM)とも呼ばれる分光分析法の一つ。一般に蛍光分析では一波長の励起光を試料に照射した時に、試料が発する蛍光スペクトルを測定するが、蛍光指紋では照射する励起光の波長を連続的に変化させながら蛍光スペクトルを測定することから、 励起波長(Ex)、蛍光波長(Em)、それぞれの励起/蛍光波長における蛍光強度からなるデータが得られる。これを指紋に例えて蛍光指紋と呼ばれる。

※5 pIgR

粘膜組織に存在する上皮細胞から産生され、IgAの輸送を担う運び屋分子。

※6 サイトカイン

免疫系の細胞から分泌されるタンパク質。ごく微量で生理作用を示し、細胞間の情報伝達などを担う。BAFFはB細胞の生存、抗体産生細胞への分化や抗体産生に重要な役割を持つ。

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