土曜日, 11月 23, 2024
ホーム調査レポートラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループ

ラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループ

 明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の伊東昇紀助教、小山内崇准教授らの研究グループは、酸素の発生を伴う光合成を行うバクテリアであるラン藻の補酵素合成の中で調節点となる酵素を発見しました。

<研究成果のポイント>

  • NADP+は、ラン藻の光合成や酸素を使う呼吸(好気呼吸)における酵素反応を補助する補酵素である。

  • 一般的に、生体内におけるNADP+合成では、NADキナーゼという最終段階の反応を担う酵素が調節点となる。

  • 本研究によって、ラン藻では、アスパラギン酸オキシダーゼという別の酵素が、NADP+合成全体の流れを決める調節点であることが判明した。

  • 本研究成果は、ラン藻の補酵素合成における制御機構や光合成生物のアスパラギン酸オキシダーゼの性質の理解に貢献する。

要旨

 ラン藻は、酸素の発生を伴う光合成をする細菌のグループです。ラン藻は、最も単純な光合成生物であることから、光合成研究におけるモデル生物として利用されています。補酵素は、酵素の働きを補助する代謝産物です。ラン藻は、NADP+という補酵素を用いて、光合成や呼吸といった中心代謝の酵素反応を進めています。NADP+は、アスパラギン酸というアミノ酸から6段階の酵素反応を経て合成されます。一般的に、NADP+の合成は、「NADキナーゼ」というNADP+合成の最終段階の反応を担う酵素によって調節されます。要するに、NADキナーゼの活性が、NADP+合成全体の流れを決めています。しかしながら、以前の研究で、ラン藻では、NADキナーゼの活性が、NADP+の合成量に寄与しないことが分かりました。そのため、ラン藻のNADP+合成の調節点となる酵素は、まだ分かっていませんでした。

 本研究グループは、ラン藻のNADP+合成の第1段階の反応を担う酵素「アスパラギン酸オキシダーゼ(NadB)」に着目した解析を行いました。解析の結果、ラン藻のNadBは、これまで性質が調べられてきた6種の生物のNadBの中で、最も活性が低いことが判明しました。さらに、ラン藻のNadBの活性は、さまざまな代謝産物の影響を受けました。また、NadB を過剰に発現したラン藻の変異株は、変異が入っていない通常のラン藻よりも増殖が速く、NADP+を多く蓄積しました。これらの結果は、NadBが、NADP+合成における調節点の一つであることを示しています。

 本研究によって、ラン藻のNADP+合成全体の流れを決める調節点が判明しました。本研究成果は、光合成生物におけるNADP+合成の制御機構やNadBの生化学的特性の理解に貢献すると考えられます。また、NADP+は、光合成や呼吸といった中心代謝で使われる補酵素であるため、NadBの活性の調節が、これらの代謝の流れを大きく変える可能性があります。

 本研究は、明治大学大学院農学研究科 伊東 昇紀助教、小山内 崇准教授らのグループによって行われました。公益財団法人発酵研究所 若手研究者助成(研究代表者 伊東昇紀)の援助により行われました。本研究成果は、2023年11月4日に米国植物生物学者協会(ASPB)の国際誌「Plant Physiology」のオンライン版に掲載されました。

※研究グループ

明治大学大学院農学研究科 環境バイオテクノロジー研究室

助教    伊東 昇紀(いとう しょうき)

准教授   小山内 崇(おさない たかし)

 研究技術員 渡邊 敦子(わたなべ あつこ)

1.背景

 ラン藻は、シアノバクテリアとも呼ばれており、植物と同じ酸素発生型の光合成を行う細菌の総称です。ラン藻は、光合成をする生物の中で最も単純な構造をもつことから、光合成に関する研究において広く利用されてきました。また、近年では、地球温暖化や化石燃料の枯渇問題の解決に向けて、ラン藻を用いて二酸化炭素からプラスチックや燃料をつくる物質生産も盛んに検討されています。ラン藻は、細胞の形や生息環境が異なる多くの種がいます。その中でも、単細胞の球形で、淡水に生息するシネコシスティス1という種は、増殖が速く、遺伝子改変が容易に行えるなどの実験上における利点を多く有しています。そのため、しばしばモデルラン藻とよばれ、基礎・応用の両分野で広く利用されています。

 補酵素とは、酵素反応を進める上で必要な代謝産物で、その名前の通り、酵素の働きを補助する役割を担います。補酵素にもいくつかの種類がありますが、光合成をする上で必要不可欠な補酵素が、「NADP+」というものです。光合成の過程で、NADP+は還元され、NADPHという物質に変換されます。このNADPHは、エネルギーをもつ物質であり、さまざまな生体物質の合成に利用されます。また、ラン藻において、NADP+は、酸素を使う呼吸(好気呼吸)における酵素反応の補酵素としても利用されます。一般的に、好気呼吸におけるクエン酸回路の酵素は、NAD+という補酵素を利用します。一方、ラン藻では、クエン酸回路の酵素もNADP+を利用することが、私たちの研究で明らかになりました。このように、ラン藻において、NADP+は、エネルギー生成に関わる中心代謝にかかせない補酵素となっています。

 細菌や高等植物において、NADP+は、アミノ酸の1種であるアスパラギン酸から6段階の酵素反応を経て合成されます(図1)。アスパラギン酸オキシダーゼ(通称NadB)という酵素が、アスパラギン酸をイミノコハク酸という代謝産物に変換した後、4段階の酵素反応を経てNAD+を合成します(図1)。そして、NADキナーゼという酵素が、NAD+をNADP+へと変換します(図1)。この一連のNADP+合成は、細胞内のNADP+濃度や増殖速度に寄与することが分かっています。一般的に、NADキナーゼは、NADP+合成に関わる他の酵素と比べて活性が低く、NADP+合成全体の流れを決める「調節点」となっています(図1)。要するに、NADキナーゼが担う反応がボトルネックとなっており、NADP+をつくらないときには、NADキナーゼの活性を下げる調節が行われます。しかしながら、シネコシスティスでは、光合成をする条件下でNADキナーゼの活性を下げても、生体内のNADP+量が変化しないことが報告されています。このことは、シネコシスティスでは、NADキナーゼが、NADP+合成の調節点ではないことを示唆しています。このように、シネコシスティスでは、NADP+合成の調節点となる酵素は、まだ分かっていませんでした。

2.研究手法と成果

 今回、私たちは、シネコシスティスのNADP+合成の第1段階の反応を担うNadBに着目した解析を行いました。解析によって、NadBが、NADP+合成の調節点の1つであることが分かりました(図1)。

 まず、私たちは、シネコシスティスのNadBを大腸菌から精製し、性質を調べました。シネコシスティスのNadBの活性(反応効率)は、他の生物のNadBと比べて1桁ほど低いことが分かりました(図2)。また、シネコシスティスのNadBの活性は、さまざまな代謝産物の影響を受けました(図3)。NADP+合成の後半で生じるNAD+とNADP+は、NadBの活性を強く阻害しました(図3)。

 次に、私たちは、NadBを過剰に発現するシネコシスティスの変異株(NadB過剰発現株)を作製し、増殖速度と生体内のNADP+量を光の強さが違う2つの条件で調べました(図4, 5)。NadB過剰発現株は、変異を入れていない通常の株と比べて、増殖が速いことが分かりました(図4)。また、NadB過剰発現株は、通常の株よりも生体内に多くのNADP+を蓄積しました(図5)。

 以上の結果は、シネコシスティスにおいて、NadBが、NADP+合成全体の流れを決める調節点の一つであることを示しています。NadBの活性を調節することで、NADP+の合成量、ひいてはNADP+を補酵素として用いるさまざまな酵素の活性が制御されていると考えられます。

3.今後の期待

 本研究グループは、ラン藻のNADP+合成における調節点が、他の生物と異なることを発見しました。NADP+は、光合成や好気呼吸などの中心代謝で必要不可欠な代謝産物であるため、NadBの活性の調節が、これらの代謝の流れに影響をおよぼす可能性があります。また、NadBを過剰に発現したシネコシスティスは、通常の株よりも速く増殖しました。そのため、今後は、細胞が沢山必要になる物質生産などの応用的な研究においても、NadBの過剰発現が有用なアプローチとして利用できると考えています。

4.論文情報

<タイトル>

Regulation of l-aspartate oxidase contributes to NADP+ biosynthesis in Synechocystis sp. PCC 6803

(日本語タイトル Synechocystis sp. PCC 6803では、l-アスパラギン酸オキシダーゼの制御が、NADP+合成に寄与する)

<著者名>

Shoki Ito, Atsuko Watanabe, and Takashi Osanai

<雑誌>

Plant Physiology

<DOI>

 doi:10.1093/plphys/kiad580

5.補足説明

注1)シネコシスティス

最も広く研究されている単細胞性のラン藻の1種。淡水に生息し、窒素固定を行わない。直径は、1.5-2.0マイクロメートルほどで、球形をしている。1996年に、ラン藻として初めて全ゲノム配列が決定された。増殖が速く、遺伝子改変が容易で、凍結保存が可能であるなどの実験上の利点を有する。学名は、Synechocystis sp. PCC 6803である。

※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。

正式な表記は、明治大学HPのプレスリリース(https://www.meiji.ac.jp/koho/press/press2023.html)をご参照ください。

【参考図】

ラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループのサブ画像1_図1. ラン藻におけるNADP+の合成経路と本研究成果の概要図1. ラン藻におけるNADP+の合成経路と本研究成果の概要

NADP+は、アスパラギン酸から6段階の反応を経て合成されます。一般的に、最終段階の反応を担うNADキナーゼという酵素が、NADP+合成全体の流れを調節する酵素です。本研究によって、シネコシスティスでは、第1段階の反応を担うアスパラギン酸オキシダーゼ(NadB)が、NADP+合成全体の流れを調節する酵素であることが分かりました。

ラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループのサブ画像2_図2. シネコシスティス(ラン藻)のNadBと他の生物のNadBの反応効率の比較図2. シネコシスティス(ラン藻)のNadBと他の生物のNadBの反応効率の比較

反応効率は、基質を生成物に変換する効率です。縦軸が、アスパラギン酸への反応効率を表しています。ラン藻のNadBの反応効率は、他の生物のNadBよりも1桁ほど低いです。

ラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループのサブ画像3_図3. さまざまな代謝産物存在下でのシネコシスティスのNadBの活性図3. さまざまな代謝産物存在下でのシネコシスティスのNadBの活性

縦軸は、NadBの活性の相対値(%)で、代謝産物を添加していないときの活性(無添加)を100%としています。シネコシスティスのNadBは、さまざまな代謝産物による影響を受けます。NADP+合成の後半の代謝産物であるNAD+とNADP+は、NadBの活性を強く阻害します。

ラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループのサブ画像4_図4. NadB過剰発現株の増殖曲線図4. NadB過剰発現株の増殖曲線

NadBを過剰に発現させた変異株(NadB過剰発現株)は、変異をいれていない通常の株よりも速く増殖します。

ラン藻の補酵素合成における“調節点”を発見 明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教・小山内崇准教授らの研究グループのサブ画像5_図5. NadB過剰発現株のNADP+量図5. NadB過剰発現株のNADP+量

縦軸は、細胞内におけるNADP+量の相対値(%)で、通常の株のNADP+量を100%としています。NadB過剰発現株は、通常の株よりも多くのNADP+を細胞内に蓄積します。

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