〜国産の牛乳を守るために知っておいて欲しいこと〜
日本の畜産を応援するWEBマガジン「どっこいしょニッポン」(https://dokkoisyo.jp/)を運営する日本全薬工業株式会社(本社:福島県郡山市、代表取締役社長:福井 寿一)は昨今の牛乳・乳製品の値上げについて、実際に現場で働く酪農家と一般社団法人Jミルクにインタビューをし、値上げの裏では何が起きていたのか?!現場からリアルな実情を赤裸々にお届けします。そこには、前代未聞の飼料高騰、生乳増産に力を入れてきた背景、コロナ禍での牛乳余剰、そして乳価が決まる仕組みなど様々な要因と課題が複雑に絡み合っていることが分かりました。
11月1日から牛乳・乳製品が値上がりした。昨年は生乳の余剰が度々大きなニュースになった。最近では「酪農家の危機」というニュースも耳にする。牛乳の向こうで一体何が起きているのか? この先も国産の牛乳を美味しく飲み続けるためにみんなに知って欲しい、酪農の現状についてまとめました。
お話を伺ったのは、静岡県の酪農家、朝霧メイプルファーム・丸山純さん。
酪農家が直面している前代未聞の危機
生産拡大を推進してきた矢先に
コロナが直撃。さらに円安で…
丸山 今から8年ほど前、2014〜2015年にかけて深刻なバター不足が続き、政府は規模拡大に補助金を出すなどして、15年後の2030年までに生乳生産量を780万トン(当時730万トン弱)に増やすことを目標に、生乳増産に向けた取り組みを進めました。僕たちもそうですが、このタイミングで多くの農家が借金をして規模拡大に踏み切りました。
乳牛が育って生乳が搾れるようになるまでには約3年かかります。環境を整えるにはそれ以上の時間がかかります。そして予定より早く生産量が需要に追いついたところに、コロナが直撃して需要が激減した、というのが現状です。規模拡大していこうと言った政府もこの状況は予期できなかった。正直誰も悪くないんです。すぐに生産を増やしたり減らしたりできないのが、生き物を扱う酪農が他の業種と大きく違うところです
▲静岡県の富士山のふもとに広がる朝霧メイプルファーム。その名の通り、日中でもすぐに霧がかかり幻想的な風景を描く朝霧高原は、キャンプなどのレジャースポットにもなっている。
餌代がかつてない値上げ幅で高騰
経営を続けるほどに赤字が嵩む
丸山 コロナの直撃で消費が大きく減り、生乳の減産を強いられている状況に続き、ウクライナ問題や円安が今これまでにない危機を呼んでいます。餌代の高騰です。ここ5年ほど中国で乳製品や肉の消費が高まり、畜産に力を入れるため南米や北米から餌の穀物を大量に輸入し始めたことで国際価格が上がっていたところへウクライナ侵攻、そして円安。
配合飼料は2021年4月〜6月期には1トン当たり5500円値上げされ、過去最高と言われましたが、今年7月からはそれを2倍以上上回る1トン当たり1万1400円値上げされました。これは史上最高の値上げ幅です。
…実際、牛乳は赤字状態なのでしょうか。
丸山 完全に赤字です。今酪農家は本当に苦しい状態です。新たに借り入れして経営を続けるか、ここでやめるかという選択肢を迫られ、この半年だけでも小規模農家や年配の方々が次々と廃業しています。返済が残っていればやめるにやめられない状況でもあります。
▲朝霧メイプルファームの敷地内は常にトラックが行き交い、餌の搬入、堆肥の搬出が行われている。ここでは1日約2.5トンの餌が消費される。
▲餌の品質は、牛の健康状態、生乳の生産量に大きく左右する大切な要素のひとつ。
実際に朝霧メイプルファームの
経費はどれほど上がっているの?
丸山さんに実際の牧場の経費を見せてもらった。
昨年度、コロナの影響を大きく受けた経費の一部がこちら。
2020年に比べ、餌代だけでも月に240万円上がっている。
そして今年に入って2022年上半期の経費がこちら。
2020年に比べ、餌代は月に実に430万円、
光熱費は215万円上がっている。
この3つの経費だけでもひと月700万を超える増額という信じられない事態だ。
7月に爆上がりした餌代価格は、今も下がる気配はない。
当然ながら売り上げは変わらないまま(むしろ廃棄回避のため減産を強いられ減少する中)、下半期の経費はさらに大きく跳ね上がる。
丸山 朝霧メイプルファームでは、自家製餌を3割使っていて輸入飼料は7割なので、これでもまだましかもしれません。個人酪農家で農地がなくすべて輸入飼料を使っているところは、一番きついと思います。
▲牛1頭1頭は最新の牛群管理機器で健康状態から乳量まで丁寧に管理されている。朝霧メイプルファームの牛は健康で乳量が多く、平均1日40リットル近くを生産する。
コロナ禍、どうして牛乳は余っているのか?
そもそも、コロナ禍で牛乳が余っていた背景には、どんな事情があったのか?
一般社団法人Jミルク 内橋政敏専務理事からご説明いただきました。
Q. コロナ禍での牛乳余剰はどういう理由からですか?
≪2020年≫
内橋 これまで年間3000万人ほどのインバウンド客(訪日外国人客)があり、生乳の増産体制を整えていたところに、新型コロナが直撃しました。2020年3月には全国一斉休校を受け、学校給食用牛乳の消費がなくなりました。
さらに4月には緊急事態宣言が発令され、オフィス街のコンビニやカフェチェーン、外食や観光地のホテル・旅館などの業務用牛乳・乳製品需要も激減。学校給食での牛乳消費は、学校がある日は日本の牛乳消費全体の約2割、年間を通じて見ると、約1割を占めているんです。
ただ、コロナ禍の初年度は一時的な打撃はあったものの、巣ごもり需要と言われる家庭内での牛乳やヨーグルトの消費が増えて、余剰分は北海道を中心にバター・脱脂粉乳に加工するなどして乗り越えることができました。
≪2021年≫
内橋 2年目からは初年度高まっていた巣ごもり需要が落ち着き、インバウンドによる消費は消えたままで、生産と消費のギャップが大きく生まれました。
特に年末年始は、冬休みで学校給食の牛乳消費が止まるなど、もともと消費量が減る時期であることから大量に牛乳が余ることが懸念されました。
こちらは早めに呼びかけ、岸田総理をはじめメディアにも取り上げていただき、消費者の方々の応援のおかげで大量余剰を避けることができました。
≪2022年≫
内橋 コロナ3年目。家庭内消費の量は、コロナ前より悪くなっている状況です。これはウクライナ情勢や円安などによる物価高の影響で消費が落ち込んでいるためと考えられます。
Q. 余った牛乳は日持ちする加工品に回したりはできないのでしょうか?
内橋 需給がゆるんだ時は、生乳をバターと脱脂粉乳に加工処理する量を増やして調整しています。余剰が懸念された今年のGWの大型連休の際にも、北海道および都府県の施設を利用して加工処理を行いました。
しかし、こちらもすでに在庫が積み上がり、特に牛乳を分離させてバターを作る際にできる脱脂粉乳の消費は低く、2022年9月時点で在庫が9万トンに上っている状態です。
生乳需給の構造とその課題についてまとめた、Jミルク「日本のサプライチェーン2021」より
https://www.j-milk.jp/news/h4ogb40000006jx5-att/h4ogb40000006jyw.pdf
内橋 他にも例えばチーズにできるかと言うと、チーズを作る際に出るホエイ処理の問題があるため(ホエイなどチーズ製造の際にできる水分はそのまま廃棄することができず、廃水処理を行う必要がありここにも費用がかかる)、今生乳が余っているからと言って急にチーズを増やすということができません。
Jミルクでは今、脱脂粉乳の過剰在庫対策の一環として、輸出、輸入調製品との置き換え、飼料向けの利用を進める事業を行っています。
丸山 僕も正直、これまで外国人観光客に牛乳が支えられているなんて思っていなかったんです。牛乳は家庭の食卓や学校の給食で飲まれているイメージで。でもそれがほとんどであれば、実際牛乳は余らないわけじゃないですか。
でも酪農も日本の観光業に支えられていたんですね。それが牛乳みたいなところまで影響を受けてくるんだという驚きはありました。そういう意味でも、今後日本にとっての観光業の大切さを再認識しました。
これは酪農家ももっと意識していくべきところじゃないかなと思います。
▲一人ひとりが成長できる環境づくりに力を入れている朝霧メイプルファームは、現場の従業員の笑顔も印象的。
11月1日から牛乳・乳製品の値上げ。
そしてこれから−−−−。
消費者の方にも状況を知ってもらい
安全な国産牛乳を美味しく飲んでもらいたい
丸山 生乳は売り値を自分たちで決めることができない仕組みになっています。これまで乳価(買取価格)は需給のバランスが取られた上で、乳業メーカーと指定団体の話し合いで年に一度、翌年度の価格が決められていました。
そのため年間の売り上げを見通すことができ、守られてきたのが酪農の世界でした。ただ、コロナ禍、円安による大幅な消費減少や餌代の急騰で、その調整が追いつかなくなってしまったんです。今はこの仕組みが裏目に出て、経営を続ければ続けるほど赤字という状態でも買取価格が上がらないという状況に陥っています。
それがやっと11月1日から、価格が上がることになりました。1リットルあたり15円値上げで交渉が続いてきましたが、最終10円の値上げに留まりました。
▲ここでは1日3回搾乳が行われる。チーム制で1時間に150頭の牛を効率的に搾乳。夜の牛舎はまるで映画のワンシーンのようだ。
…丸山さんから消費者に一番伝えたいことは何ですか?
丸山 乳価が上がらないのは、価格を上げて消費が落ちることが懸念されているからです。生乳の消費が余っている状態で価格を上げることに乳業メーカーが踏み切れなかったという状況です。ただ、今酪農家の現場ではこうした逼迫した状況が起きている。
コロナが収まり海外からの旅行客が戻って外食産業の需要が増えれば、必ずまた生産量が足らなくなる日を迎えます。今農家が総崩れになって輸入品に頼るようになってしまったら、今後国産の牛乳を今のように手に入れることはできなくなってしまう。酪農は簡単に生産を増やしたり減らしたりすることができません。一度廃業してしまったら、簡単に元に戻すことはできないんです。
国産の牛乳が手軽に飲める環境というのは先代たちが築いてきた日本の文化です。だからこそ消費者の方には牛乳が余ったり足りなくなったり、値上がりしたりしている背景にはこうしたことが起きているんだということを、知っていて欲しいと思っています。
その上で、とにかく美味しく飲んでもらいたいですね。
▲事務所には約70年前、純さんの祖父の代が富士山の麓で雌牛1頭から酪農を始めた頃の写真が飾られていた。
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