
開発したウナギ種苗量産用水槽

国立研究開発法人水産研究・教育機構(以下、水産研究・教育機構)とヤンマーホールディングス株式会社(以下、ヤンマーHD)、一般社団法人マリノフォーラム21(以下、マリノフォーラム21)は、水産庁委託事業「ウナギ種苗の商業化に向けた大量生産システムの実証事業」において、ニホンウナギの種苗生産用の新しい量産水槽を開発しました。1水槽あたり約1000尾のシラスウナギの生産に成功し、以前に開発した過去の大型水槽と比較して種苗1尾にかかる飼育コストを約20分の1(1800円程度)まで大幅に削減しました。
本水槽は繊維強化プラスチック(FRP)で製作されており、従来のアクリル製や塩化ビニル製の水槽に比べて安価かつ大量に製作が可能です。今後、本水槽の改良や飼育方法の高度化および自動給餌システムの開発を進めることでウナギの人工種苗生産(※1)の社会実装の実現が期待されます。なお、本研究の成果は「仔魚を飼育するための水槽および仔魚の飼育装置」として特許を取得しています。
1.各社の役割
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国立研究開発法人水産研究・教育機構
水槽原案の考案、飼育試験の実施、性能の評価 -
ヤンマーホールディングス株式会社
飼育水槽の流れ場シミュレーション、水槽設計・製作 -
一般社団法人マリノフォーラム21
水産庁委託事業の代表機関。全体企画・管理、量産水槽の開発事業の運営管理

2.研究の背景
ニホンウナギの仔魚飼育の試みは、1973年の北海道大学における世界初の人工ふ化成功以来、多くの機関で試みられてきました。水産庁養殖研究所(現 水産研究・教育機構 水産技術研究所)では、90年代初めからニホンウナギ仔魚の飼育に取り組み、サメ卵を主成分として仔魚用飼料および容量5Lのアクリルボウル水槽で飼育する方法(特許第2909536号 ウナギ孵化仔魚の飼育方法)を開発しました。さらに、仔魚の成長と生残に適切な飼育水温や照度を解明するとともに、水槽内の環境を清潔に保つためのさまざまな工夫を重ねた結果、2002年に「ウナギの人工種苗生産」に世界で初めて成功しました。この基本技術を基に、飼育技術の高度化を進め2010年には人工生産されたウナギの親を育て次世代を誕生させる「ウナギの完全養殖(※2)」にも成功しました。
このような状況の中で、天然種苗に頼るウナギ養殖では、天然種苗の採捕量の低迷等による種苗価格の高騰と数量不足が国内生産に大きな影響を及ぼしており、国民への安定的な養殖ウナギの供給が懸念される状況になっています。このため、水産研究・教育機構とヤンマーHD、マリノフォーラム21は、2017年度から水産庁委託プロジェクト「ウナギ種苗の商業化に向けた大量生産システムの実証事業」において、ウナギ種苗の大量生産の実用化を加速させる飼育システムの開発を進めました。
飼育試験で用いられているウナギ仔魚の飼育水槽は5~20L規模の水槽(以下、小型水槽)であり、1水槽で生産可能なシラスウナギの尾数は20~80尾程度でした。水槽あたりの種苗生産数を向上するために、水槽容量が約1000Lの蒲鉾形の水槽が開発されたものの、1水槽で生産可能な種苗生産数は平均数百尾にとどまっており、水槽容量あたりの生産数は小型の水槽に大きく劣ることが分かっています。また、水槽製作に使われている主な部材は塩化ビニルやアクリルであり、製作コストが高く、水槽の量産が難しいという問題もあります。そこで、小型水槽と同等の生産効率で種苗生産が可能で、水槽製作コストが安価かつ大量に製作できる水槽(以下、新量産水槽)の開発が望まれていました。
3.研究の内容・意義
小型水槽をはじめニホンウナギの仔魚飼育に使用されている水槽の多くは円柱を横倒しにして、上部を切った様な構造をしています。この構造を活かした新量産水槽を設計・製作するため、その主な構造要素となる軸と径がウナギ仔魚の飼育に与える影響を調べることとし、軸と径の異なる6種類の水槽を準備し、複数回の試験を実施しました。その結果、径を50cm以上に拡大すると成長速度と生残率の低下が見られ、飼育効率が低下する傾向が明らかとなりました。一方、軸の延伸は成長速度と生残率ともに悪影響はなく、水槽容量の拡大により多くの仔魚が飼育可能となることが示されました。この知見に加えヤンマーHDの流体解析技術を用いて水槽内の流場の最適化を検討した上で、基本的な構造が径40cmで軸150cmである新量産水槽を設計・製作しました。
新量産水槽を用いて、短期的な飼育試験を試みたところ、実験で使用されている小型水槽と同等以上の成長速度と生残率を実現し、数千尾の仔魚を安定して飼育できることが明らかとなりました。
将来的に新量産水槽で種苗を量産する場合、多くの水槽を用いることが想定されます。そこで、水槽を量産できること、安価に製作できることが重要になると考えられました。この課題の解決のため、水槽の部材として耐久性とコストに優れる繊維強化プラスチック(FRP)を採用することにしました。そこで、FRPでの製作に適合するために水槽構造を見直し、さらに細部構造を検討することでより簡素かつ作業性を考慮した新量産水槽を製作しました。製作した新量産水槽を用いて、2回の長期飼育試験を実施し種苗生産に取り組んだところ、1水槽あたり約1000尾のシラスウナギを生産できることを実証しました(図1)。なお、水槽容量あたりの種苗生産尾数は小型水槽と同等でした。
新量産水槽は安価かつ大量に製作でき、1水槽あたりのシラスウナギ生産数が1000尾で1人あたり4槽程度の運用が可能であることから、以前に開発した過去の大型水槽と比較して種苗1尾にかかる飼育コストを約20分の1(1800円程度)まで大幅に削減できるものと試算されました(図2)。この技術がウナギ種苗の大量生産の基盤的技術の一つとして活用されることが期待されます。また、ヤンマーグループは、新量産水槽の販売に向け水産研究・教育機構等と準備を進めています。


なお、本研究の成果は、2024年12月18日付けで特許(特許第7606689号)を取得した「仔魚を飼育するための水槽および仔魚の飼育装置」として公開(※3)されています。
4.今後の展望
ウナギ種苗の大量生産およびシラスウナギ生産コストの低減には、水槽のさらなる大型化や飼育技術の高度化が必要です。また、手動給餌から自動給餌への転換による省人化や省エネルギー化によるコスト削減にも取り組む必要があります。これらの研究開発は、2023年度から開始された水産庁委託プロジェクト「ウナギ種苗の商業化に向けた大量生産システムの実用化事業」において進められており、人工ウナギ種苗を安価に大量生産することが可能になると期待されます。
※1 人工種苗生産:親魚を催熟し、得られた卵から養殖に使用できるシラスウナギまで育てること。
※2 完全養殖:人工種苗由来の親魚を催熟し、次世代の人工種苗を作出すること。
※3 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat) https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7606689/15/ja
<発表論文について>
タイトル:The development of a new tank for mass production of eel seedlings.
(ニホンウナギの量産に向けた水槽の開発)
著者:
Sudo R, Yatabe T, Satomi M, Takasaki R,
Uezumiya K, Takahashi M, Nomura K, Tanaka H.
須藤 竜介、谷田部 誉史、里見 正隆、髙崎 竜太朗(水産研究・教育機構)
上住谷 啓祐(ヤンマーホールディングス)、高橋 光男(マリノフォーラム21)
野村 和晴(水産研究・教育機構)、田中 秀樹(水産研究・教育機構、近畿大学)
掲載誌:Fisheries Science
<ヤンマーについて>
1912 年に大阪で創業したヤンマーは、1933 年に世界で初めてディーゼルエンジンの小型実用化に成功した産業機械メーカーです。「大地」「海」「都市」のフィールドで、エンジンなどのパワートレインを軸に、アグリ、建機、マリン、エネルギーシステムなどの事業をグローバルに展開。環境負荷フリー・GHG フリーの企業を目指し、顧客価値を創造するソリューションを提供しています。未来を育むヤンマーの価値観「HANASAKA」を基盤に、“A SUSTAINABLE FUTURE-テクノロジーで新しい豊かさへ。-”をブランドステートメントとして掲げ、持続可能な社会を実現します。詳しくは、ヤンマーのウェブサイト https://www.yanmar.com/jp/about/をご覧ください。
<注記>
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