千葉大学大学院園芸学研究院の齋藤 隆徳准教授、静岡県立農林環境専門職大学の森口 卓哉教授(当時、2024年3月定年退職)、弘前大学農学生命科学部の林田 大志助教らの共同研究グループは、遺伝的に着色しない青りんごにも、赤くなる仕組みが備わっていること、またその”赤くなりやすさ”の遺伝的な仕組みが品種ごとに多様であることを発見しました。本研究成果により、遺伝子組換えや薬剤なども使わずに色を変えることが可能であると判明したため、今後は”赤い”青りんごのような新たな商品開発や、未利用の遺伝子による新たな品種改良につながることが期待できます。
本研究成果は、国際学術誌 Scientia Horticulturae に2025年2月11日に掲載されました。
■研究の背景
りんごの果皮はアントシアニンとよばれる色素が蓄積することで赤く色づきます。またりんごの果皮にアントシアニンが蓄積するかどうかは遺伝的に決まっており、MdMYB1-1とよばれる遺伝子を両親のいずれかから受け継ぐことで赤いりんごになります。一方でMdMYB1-2やMdMYB1-3といったその他の対立遺伝子(注1)しか持たない場合に青りんごになります(図1)。しかしMdMYB1-1を持たないとされる‘陸奥’や‘弘大みさき’のように、遺伝的には青りんごであるはずの一部の品種は、幼果のときに果実袋をつけて暗黒下で栽培し、収穫期の直前に太陽光を当てると赤くなることが以前から知られていました。
しかしこの現象が生じるメカニズムと、‘陸奥’や‘弘大みさき’以外の青りんご品種でもこの現象が生じるのかについては未解明でした。

■研究の成果
今回の研究では、はじめに‘陸奥’や‘弘大みさき’を含む様々な青りんごの品種の果実袋への反応性を比べました。その結果、‘陸奥’や‘弘大みさき’ほどではないものの、‘王林’や‘金星’といった品種でも赤くなることが分かりました(図2)。一方で‘ゴールデンデリシャス’や‘とき’といった品種では、わずかに赤くなるものの、‘陸奥’や‘弘大みさき’のように鮮やかに色づきませんでした。このことから果実袋により果皮が赤くなる可能性があるものの、その反応性は品種によって異なることがわかりました。

さらに今回の研究では、本来は発現をしないはずのMdMYB1-2やMdMYB1-3が発現することも確かめることができ、青りんごにも赤くなる仕組みが本来は備わっていることも明らかにしました。これはMdMYB1-1を持っていなくても、眠った状態のMdMYB1-2やMdMYB1-3のスイッチが果実袋によってONになることで赤く色づくことを示しています。
しかし、この現象は突然変異のようにDNA情報が変化するわけではないため、どのように眠った状態のMdMYB1-2やMdMYB1-3のスイッチがONになるのか、という新たな疑問が生まれました。そこでDNAの化学構造の変化である、メチル化(注2)を調べたところ、MdMYB1-2やMdMYB1-3のDNAの一部で、果実袋によりDNAのメチル化が低下(図3)することで、MdMYB1-2やMdMYB1-3遺伝子が目覚めることを‘陸奥’で発見しました。

■今後の展望
これまで果実袋によって青りんごが赤くなることは知られていましたが、品種ごとの”赤くなりやすさ”の違いを明らかにしたのは世界で初めての成果です。また遺伝子組換えや薬剤に頼らずに、役に立っていないと思われてきた遺伝子を目覚めさせるメカニズムをDNAレベルで明らかにしました。ただしこのメカニズムは‘陸奥’でのみ特定されたもので、今後は『品種を超えて青りんごが色づくスイッチがあるのか?』という問題が残されています。これらを解明することで、眠っているとみなされて、その役割が見過ごされてきた遺伝子の活用による、新たな赤いりんご品種の開発が期待されます。
■用語解説
注1)対立遺伝子:遺伝子の多くは父親と母親に由来する一対の組み合わせとなっている。この対となる遺伝子セットのそれぞれを対立遺伝子と呼ぶ
注2)DNAのメチル化:ゲノムDNAを構成する4つの塩基のうち、シトシンがメチル化されるとDNA情報がうまく読み取れず、一時的に遺伝子の発現が抑制される
■論文情報
論文タイトル:Enhanced red pigmentation in yellow/green apples via paper bagging treatment
著者情報:Takanori Saito*(責任著者), Taishi Hayashida, Saki Sato, Tomomichi Fujita, Naritsara Yatin, Yuki Fujisaku, Katsuya Ohkawa, Takaya Moriguchi
DOI: 10.1016/j.scienta.2025.113993
雑誌名:Scientia Horticulturae