収穫した野菜は、法人が運営する「カフェcoFFee doctors」(宮城県登米市)に提供し、カフェのメニューに使用。カフェは野菜の代金を支払う代わりに、岩手県内で地域の健康・医療・福祉の向上に取り組んでいる「一般社団法人みんなの健康らぼ」へ寄付をし、その寄附金は磐井川堤防の桜並木の再生と保存、および農園の維持のために使用されます。
➡️やまとプロジェクトを知りたい方へ
https://project.yamatoclinic.org
➡️やまと在宅診療所 一関のHPはこちら
https://ichinoseki.yamatoclinic.org/
➡️カフェcoFFee doctorsのfacebookページ
https://www.facebook.com/cafe.coffeedoctors
■地域ケアとしての農業活動
医療法人社団やまと(以下、やまと)が運営する やまと在宅診療所一関(以下、やまと一関)では、地域住民との交流や健康推進を目的に、医師らが農業活動を行っています。
やまと一関は、2021年4月に岩手県一関市宮坂町に開設されました。それまで一関市内には在宅診療専門の医療機関がなく、慢性期疾患に対応している医療機関や施設も限られていました。そのため一関医療圏の患者さんが「住み慣れた地域や家で暮らし続けたい」と願っても希望を叶えることは難しく、自宅と離れた病院や施設で療養生活を送ったり遠方の病院へ通院したりせざるを得ない状況でした。
やまと一関の開設によって、この地域で暮らす方々に「在宅診療」という選択肢を提示することができ、「家に帰りたい」、「最期まで家族と一緒に過ごしたい」という患者さんやご家族の希望を叶えることができるようになりました。
しかし、やまと一関のメンバーは、「在宅医療の提供だけでは十分ではない」と考えています。在宅医療の対象は通院が困難な方です。医療者として、その方たちが住み慣れた環境で自分らしく過ごす手助けをするだけでなく、「そうなる前の方たちにも、もっと健康に関心を持ってほしい」、「医療が必要となった場合に色々な選択肢があることを知ってほしい」というような考えから、診療だけでなく、地域の方々と交流を持つための活動にも力を入れています。その一つが農業活動です。
ーなぜ農業?
やまと在宅診療所一関の川島実院長と杉山賢明医師は、これまでも「半農半医」の生活を目指して、それぞれの生活圏で農業を行ってきました。二人が農業を始めた理由や背景は異なりますが、共通しているのは以下の2点です。
①農業を通じて、地域の方との交流できるため
②農作業で体を動かし、鮮度も栄養価も高い安心安全な農作物を食べられて、健康的な生活を送ることができるため
特に①については、自分たちが地域について知ることができるだけでなく、地域住民の方々の健康推進にも繋がると考えています。医師と患者、または医師と患者家族として、診療の場でお話ししたり、市民講座などで講師として地域住民の方とお話ししたりするのと、共に農作業に精を出す仲間として交流するのとでは、相手との関係性も、得られる情報の量も質も全く異なります。
朝夕出勤の前後や休日、田畑に行って作業をしていると、近くの田畑で作業する方々と自然と言葉を交わします。そのなかで、その土地の風土、歴史や文化、食生活を含む生活習慣について知ることができます。それらの情報により、その地域に多い疾患や健康問題の原因が見えたり、医療者としての寄り添い方が見えたりすることが少なくないのです。
ー一関の畑と杉山医師との出会い
2021年4月、診療所開設と共に一関に赴任した杉山医師は、「在宅医療が地域医療として根づくためには、まず医療者が地域に積極的に出て、住民の方と交流し、地域の歴史や風土、文化を知ることが必要だ」と考え、診療の合間に一関市内を散策していました。
満開の桜並木に誘われて磐井川沿いの堤防を歩いていると、河川側に小さく区分けされた農園が広がっています。「地域の方々が食卓を豊かにしたり身体を動かしたりするために借りているのだろうか」。半農半医を志している身として興味がありました。
土を耕していた男性に「この畑は借りているのですか」と声をかけてみたところ、先祖代々の土地だと言います。軽トラックに乗って帰ろうとしている別の男性(Aさん)にも声をかけてみました。
「私は借りているよ」
自身の素性を明かし、自分も紫波町で農園を借りていること、農作業の素晴らしさなどを話しながら、どうしたらここの畑を借りられるのかと尋ねると、「土地の持ち主の方に頼めば貸してくれるよ」と言います。そこにまた別の男性が現れ、「私の隣が空いているよ。地域おこし協力隊の方も借りていたよ」と教えてくれました。
後日、Aさんから農地の持ち主をご紹介いただき、一関での農園生活が始まります。畝づくりや苗植え付けの際は診療所のスタッフにも手伝ってもらい、基本的には、週1回、出勤前後に畑に立ち寄って作業をしています。Aさんには、その後もお世話になりっぱなしで、農作物の育て方のコツから植え付けや収穫のタイミングまで教えてくださる、農業の師匠的な存在になっています。
ー野菜の売上を地域に還元したい。
当初、収穫した野菜はスタッフや患者さんにおすそ分けしていましたが、それぞれのお宅でも野菜を作っている方が多い地域。楽しいからと作りすぎると行き場がありません。
スタッフを通じて、その話を聞いたカフェの店長から、「杉山先生が丹精込めて作った野菜をカフェで買い取らせていただけませんか」との申し出がありました。
しかし杉山医師としては、「生産者として半人前の自分がこれで利益を得るわけにはいかない。そもそも地域活動の一環として始めて、地域の方々との交流の場になってくれている畑。売買という形はしっくりこない」と考え、地域に還元する方法を考えました。
カフェからは「活動への共感のかたち」として、杉山医師自身も所属し、地域の健康・医療・福祉の向上に取り組んでいる「一般社団法人みんなの健康らぼ」(以下、みんらぼ)への寄付という名目で受け取り、その寄附金は磐井川堤防の桜並木の再生と保存、および農園の維持のために利用することにしました。
寄付窓口:一般社団法人みんなの健康らぼ
https://minlabo.net/
参考:一関市ホームページ「磐井川堤防の桜」
https://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/18,38761,172,485,html)
なぜ、磐井川堤防の桜並木の再生と保存に利用するのか。その理由は3つあります。1つめは、杉山医師が農園と出会うきっかけになったのが、この桜並木であったこと。2つめは、桜並木は一関の地域住民の方に長年愛されてきた春の風物詩であり、農園に集う皆さんにとっても大切なものであること。みっつめは、桜並木の再生と保存を行う「残った桜を守る会」の代表を務める岩渕則雄さんが、杉山医師が畑を借りられるよう農地の持ち主に繋いでくれて、借りた後も農作業の手助けをしてくださっているAさんであったからです。
ースタッフからの協力と連携
日頃の農作業は、岩渕さんの助けを借りながら、杉山医師自身が行っていますが、畝づくりや苗植え付け、収穫等の人手が必要な時には診療所のスタッフが手伝ってくれます。
11月29日には、大根収穫祭を行いました。また、この日の大根を含め、収穫した野菜は、一関と登米を往来するスタッフが「カフェcoFFee doctors」に運搬します。
少量多品目生産で、収穫のタイミングも収量もなかなか安定せず、大きさもまばらだったりするのですが、「カフェcoFFee doctors」のシェフは、少しも無駄にすることなく、鮮度の良いうちに、美味しく目にも鮮やかに調理していきます。
ー「野菜の処方」を目指して
「野菜の処方」という面白い取り組みがあります。
近ごろは日本国内でも取り組んでいる医師が居るようですが、たとえば、米国テキサス州ヒューストンには「farmacy」という活動を行っている医師が居るそうです。「farmacy」とは「薬局(pharmacy)」と「農園(farm)」からの造語で、医師は薬の代わりに野菜や果物の処方箋を発行します。処方箋を持った患者が「farmacy」に行くと、新鮮でオーガニックの野菜や果物が割引価格で購入できるそうです。
健康を作るのは、食生活や生活習慣。新鮮で栄養価の高い食べ物をバランスよく食べる生活こそが病の予防に繋がる、という考えから行われています。
やまとには、農業を行う医師が居ます。バランスの良い健康的な料理を提供するカフェもあります。そして、管理栄養士も居ます。今は地域活動の一環として取り組んでいる農業活動ですが、この活動を継続・拡大していき、ゆくゆくは「野菜の処方」を実現したいと考えています。
やまとでは、このように地域活動に興味関心のある仲間を求めています。
診療所内のスタッフとだけでなく、地域の住民の方々、周辺の医療機関や介護福祉施設の職員の方々、地域の団体や行政等と協働し、地域住民の健康促進や医療を良くする活動を行いたい方を歓迎します。