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植物ホルモン「アブシジン酸」が植物の葉を老化させる仕組みを解明
本研究成果は、2024年3月13日に植物科学分野の学術誌である『The Plant Journal』誌へ掲載されました。
論文タイトル: Group C MAP kinases phosphorylate MBD10 to regulate ABA-induced leaf senescence in Arabidopsis
背景:
近年、世界人口の増加や経済発展に伴って、食料需要が高まっています。同時に、地球温暖化などの影響で、干ばつ等による農業被害が深刻化しています。植物が長期間水不足にさらされると、植物ホルモンの一種であるアブシジン酸(ABA)(注1)が蓄積され、乾燥に耐えるための様々な応答が引き起こされます。葉の老化はその一つで、これは水分や栄養素を花や種子などの重要器官に優先的に供給し、次世代につなげるための生存戦略であると考えられています(図1)。
ABAが植物細胞に作用するときには、細胞内でABAの情報を伝える仕組み(シグナル伝達)が働いています。ABAのシグナル伝達経路では、タンパク質リン酸化酵素(注2)であるSnRK2(注3)が中心的な役割を果たしており、SnRK2は様々なタンパク質をリン酸化することでABA応答を誘導することがわかっています。近年の研究から、SnRK2が乾燥時の葉の老化に関わることがわかってきていましたが、詳細な分子機構は解明されていませんでした。
研究体制:
本研究は、国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梅澤泰史教授、同大学院生物システム応用科学府の李揚丹氏、神山佳明博士、山下昂太氏、片桐壮太郎氏と高瀬緋奈乃氏、明治大学 農学部の川上直人教授、大谷真彦博士と東城僚氏、米国ミズーリ大学 生化学部門の Scott C. Peck 教授とGabrielle E. Rupp氏、および中部大学 応用生物学部の鈴木孝征教授から構成される国際共同研究グループによって実施されました。本研究の一部は、 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)(23H02497)、学術変革研究(A)(23H04192)、およびムーンショット型農林水産研究開発事業(20350427)の支援を受けて行われたものです。
研究成果:
本共同研究グループは、MBDタンパク質(注4)と呼ばれる種類のタンパク質の中から、MBD10と呼ばれるタンパク質がABAに応答してリン酸化修飾を受けることをヒントに、植物のABA応答や乾燥ストレス応答に何らかの形で関わっているのではないかと考えて、研究を進めました。
まず、MBD10を過剰に発現させたシロイヌナズナを作成したところ、野生型に比べて葉の老化が極端に早まることがわかりました(図2)。このことから、MBD10は葉の老化に関係するのでないか、と推測しました。次に、MBD10遺伝子を欠損させたmbd10変異体を調べてみると、老化が抑制されたことから、MBD10がABA誘導性の葉の老化を促進する働きを持つことを突き止めました(図2)。
MBD10はもともとリン酸化修飾を受けるタンパク質として同定されたため、次にMBD10のリン酸化と葉の老化の関係について調べました。すると、MBD10がリン酸化されることが葉の老化の促進に必要である、ということがわかりました。次の疑問は、MBD10をリン酸化する酵素は何か、ということでした。当初はSnRK2がMBD10を直接リン酸化するのではないかと考えましたが、実験の結果その可能性は否定されました。さらに解析を進めた結果、別のタンパク質リン酸化酵素であるMAPキナーゼ(MPK1・2・7・14)(注5)がMBD10をリン酸化することがわかりました。
以上の結果から、乾燥ストレス時に植物の中でABAが合成されると、SnRK2、MAPキナーゼおよびMBD10の3種のタンパク質が連携して、葉の老化を促進するというメカニズムを明らかにすることができました(図4) 。今回の発見は、乾燥ストレスと植物の生長制御に新しい知見をもたらすものであり、将来的には農業生産の持続可能性の向上などにつながることが期待されます。
今後の展開:
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MBD10がどのような分子メカニズムを介してABA誘導の葉の老化を促進するのか、分子レベルで明らかにする必要があります。
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今回発見したMAPキナーゼやMBD10が、他のストレス応答(例えば傷害や病害)による老化に関与している可能性を検証します。
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MAPキナーゼやMBD10を用いて、乾燥ストレス時における植物の葉の老化を人為的に制御できないか検討します。
用語解説:
注1)アブシジン酸(ABA)
植物ホルモンは、比較的低濃度で作用する植物の生長調節物質であり、アブシジン酸(ABA)はその1 つである。英語名 abscisic acid、分子式 C15H20O4 で表される。代表的な ABA の生理作用として、気孔の閉鎖、乾燥耐性の獲得、葉の老化、種子の成熟や種子休眠の維持などがある。
注2)タンパク質リン酸化酵素
タンパク質をリン酸化する酵素の総称。ATP一分子のリン酸基を基質となるタンパク質に付加することで、そのタンパク質の立体構造や相互作用に影響を及ぼし、酵素活性や安定性、細胞内局在などのタンパク質機能を調節する。タンパク質のリン酸化は、細胞内のシグナル伝達の手段として一般的に見られる翻訳後修飾である。
注3)SnRK2 (SNF1-related protein kinase 2)
タンパク質リン酸化酵素の 1 種で、シロイヌナズナには 10 個の SnRK2 遺伝子が存在する。そのうち、 3 つ(SRK2D、 SRK2E、 SRK2I) が ABA シグナル伝達の中枢因子として機能する。
注4)MBDタンパク質(methyl-CpG-binding domain proteins)
MBDタンパク質は、DNA上のメチル化されたシトシンに特異的に結合するタンパク質として同定された。植物のMBDタンパク質は、遺伝子発現の調節や染色体の安定性などの重要な生物学的プロセスに関与することがわかっているが、MBDタンパク質がすべてDNAメチル化と関係するとは限らない。
注5)MAPキナーゼ
分裂促進因子活性化プロテインキナーゼ(Mitogen-Activated Protein Kinase、MAPK)は、タンパク質リン酸化酵素の一種。MAPキナーゼは多様な生物学的プロセスに関与しており、細胞の外部環境への応答に重要であることが知られている。
乾燥ストレス時における葉の老化は、古い組織から新しい組織へ水分や栄養素を配分する植物の生存戦略の一つと考えられている。
野生型の植物にABAを処理すると、老化が早まることが観察される(左下)。一方、MBD10を過剰発現させた植物では、無処理でも老化が早く、ABAを処理するとそれがより顕著に表れるようになった。これらの結果から、MBD10は老化を促進する働きを持つことが示唆された。
質量分析計を用いて、MBD10のリン酸化レベルを分析した。縦軸はリン酸化レベルを示す。MBD10は、野生型(Col-0)ではABA処理や浸透圧(マンニトール)処理によってリン酸化される。一方、タンパク質リン酸化酵素の一種であるMAPKを4つ破壊した変異体(mpk1/2/7/14)ではリン酸化されないため、これらのMAPKがMBD10をリン酸化していることが推測できる。
植物が乾燥ストレスを受けると、ABAが合成され、SnRK2が活性化する。SnRK2は転写制御を介してMPK1/2/7/14に影響を与えることが、過去の研究から明らかになっている。今回の研究では、MAPKがMBD10をリン酸化することで老化を促進することが明らかとなった。
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